18


 翌日から仕方なく、朝の電車を一本早いものに変えた。
 負けを認めて逃げるみたいで嫌だと思っていたけれど、背に腹は替えられない。
 昨日のあれはさすがにハードすぎた。また、あんなことをされてしまってはたまらない。
 このまま放っておけば、公美さんの行為はエスカレートする一方だろう。
 だけど。
 新しい電車で得られた平和な日々は、たった三日しか続かなかった。
 四日目。
「こら」
 電車に乗ったあたしの耳元で、小さくささやく声。
 耳にした瞬間、背筋がぞくぞくした。
「……公美……さん」
 振り返るまでもない。背中にぴったりと、公美さんが張り付いている。
 あたしは小さく嘆息した。平和な日々よ、さようなら。
「でも……、どうして?」
 この電車だとわかったのだろう。単なる偶然だろうか。
 それに、電車に乗る時は確かに、公美さんの姿はなかったはずなのに。
「一番確実な方法」
 耳を舐めるようにしながら、そっとささやかれる。
 髪が耳たぶやうなじに触れて、その度に身体がぴくっと震えてしまう。
「ホームで、張り込んでた」
「……!」
 そんな手があったとは。
 確かに、公美さんはあたしが乗り降りする駅を知っている。駅のホームで待ち伏せしていれば、偶然に賭けるよりも遙かに効率的だろう。
 あたしは絶望的な気分になった。
 最後の手段と思っていた「電車を変える」は、これで完全に封じられてしまったことになる。公美さんから逃れるには駅を変えるしかないが、時間に余裕のない朝に歩くには、隣の駅でも遠すぎる。
 それに、公美さんには家も知られているのだ。マンションの前で張り込まれたらどうしようもない。
「……ここまでやったら、ストーカーだよ」
「そうよねぇ。一途な恋とストーキングって、境界が曖昧なのよね」
 人ごとのように、うんうんとうなずいている。なにが「一途な恋」だ。この馬鹿。
「まあとにかく、久々に楽しませてもらいましょう」
「あっ、やっ!」
 太股を撫でていた手が、スカートの中にもぐり込んでいる。あたしはその手を押さえようとしたが、一瞬遅かった。
 触られたくなかった部分を、触られてしまう。と、そこで動きが止まった。
「……また、こんなことして」
 どこか、怒っているような口調だった。どうしてあたしが怒られなければならないのだろう。痴漢とその被害者。普通、逆ではないだろうか。
 今日に限って言えば、公美さんが怒った理由はわかっているんだけど。
 だからこそ、今日だけは触られたくなかったんだけど。
「全然懲りてないのね。それとも、またして欲しいの?」
「ち、違うの! 今日は、その……本当に……」
 そう。
 今日はあたし、月に一度の女の子の日で。
 しかも二日目で。
 当然、パンツの中にはナプキンが貼り付けられている。別に、公美さん対策じゃないんだ。この手は公美さんには通じないって、嫌というほど思い知らされたし。
「ふぅん、そぉ」
 なんだか、舌なめずりでもしてるような口調。
 うわぁ、すっごくやな予感。
 一度は動きを止めた手が、パンツを下ろそうとしている。
「やっ……めて……。今日は……やだっ、お願い……」
「血まみれの公美ちゃんも、可愛いかもね」
「やっ……だぁ……、お願い……やめて」
 もぐり込もうとしてくる公美さんの手と、ぎゅっと閉じたあたしの脚の鍔迫り合い。でも、形勢はどうも不利みたい。
 今日ばかりは、本当に触られたくない。普段だって嫌なのに、今日はなおさらだ。
 あたし、ただでさえ出血が多い方なのに。
 公美さんだって女なんだからわかるはずだ。生理時のそこを触られるのが、どれほど恥ずかしいことか。
 いや、わかっているからこそだろう。
 あたしが嫌がること、恥ずかしがることをするのが大好きだから。
「……お願い……本当に、そこだけはやめて」
「うーん……」
 本気で泣き出しそうなあたしを見て、公美さんもちょっと考え込んだ。この人でも、少しは良心というものを持っているのだろうか。
「仕方ないわね。じゃ、こっち」
「ひっ!」
 ビクッ!
 身体が大きく痙攣する。
「君、こっちも大好きだもんね」
「や……そん、な……」
 公美さんの指が、入ってこようとしている。
 お尻の中に。
 やだ。
 また、お尻の穴を犯されちゃう。
 あたしはお尻に精一杯の力を入れて抵抗したけれど、しょせんは結果の見えている戦いだった。
 指をゆっくりと回してねじ込むように。かなり強引に、少しずつ、しかし着実に指を挿入してくる。
「う……ぁ……や……ぁ……」
 これまで経験したような、さんざん前を愛撫されてぼーっとなってからの挿入ではない。いきなり、お尻に指を入れられるなんて。
 意識がはっきりしている分、お尻の中にある異物の存在をはっきりと感じてしまう。
 どんどん、入ってくる。
 奥まで。
 奥深くまで。
 公美さんの指はとても形がきれいで、すらりと長い。その長い中指が、根本まで挿入されてしまう。
「んっ……ふぅ……んっ! やぁ……」
 指が動く。
 反射的にお尻に力が入ってしまい、その指を締め付ける。
 何度も、何度も。
 お尻の中をかき混ぜるように動く公美さんの指。
 その指をぎゅっぎゅっと締め付けるあたしのお尻。
「あ……ぁ……やめ、て……」
 あたし、感じ始めてる。
 身体がふわふわするような、心地よい浮遊感に包まれてくる。
 前の部分が、経血ではないもので濡れているのがわかる。
「やだ……ってば。やめ、て……いや……」
 気持ちいい。
 気持ちいい。
 恥ずかしくて、気持ちよくて。むず痒いような不思議な感覚。
 もっと。
 もっと。
 そう、そこ。
 そのまま、もっと続けて。
「いや……やめてよ……お願い……やめて」
 あたしの口は、本心とは逆の言葉を吐き続けていた。
 これ以上されたら、気付かれてしまう。
 あたしがすごく感じて、もっとして欲しいって思っていることを。
 心の奥から湧き上がってくる欲望の声を、知られるわけにはいかなかった。
「やだ……。ね、お願い……ホント、やめ……」
 顔が、熱い。
 切ない吐息が漏れる。
 脚から、力が抜けていく。
 お尻って、ボクシングのボディブローみたい。前を触られる時のような鋭い快感じゃないんだけれど、後からじわじわと効いてくる。
「やめて……ってば。ねぇ……やぁ……」
 だんだん、声が甘ったるくなってくる。
 それでも、もう間もなく降りる駅だ。
 助かった。
 あたしは心から安堵した。
 耳元で、微かな舌打ちが聞こえる。
 電車が止まってドアが開く瞬間、指が引き抜かれた。
 八つ当たりなのか、いささか乱暴な動きで、思わず声が漏れてしまったけれど、それも乗り降りする人のざわめきにかき消される。
 あたしは電車を降りた。なぜか公美さんもついてくる。
「ね、我慢できないんじゃない? 続きしよ?」
 先日のあれで味をしめたのだろうか。しつこくついてくる。
 残念でした。
 今日は、我慢できないってほどじゃない。電車に乗っている時間があと五分長かったら危なかったけれど。
 乱暴に指を引き抜かれた時の痛みで少し醒めてしまったし、これなら学校に着いてからのひとりエッチで充分だ。
 あたしは、公美さんを無視してホームを歩いていった。
「ねえ……」
 公美さんの手が、肩に触れてくる。
 ところが。
「ちょっと待ちなさい。あなた、電車の中で何してたの?」
 突然の声に驚いて立ち止まる。
 見ると、長身の女性が怖い顔をして、あたしに触れようとしていた公美さんの手首を掴んでいた。



<<前章に戻る
次章に進む>>
目次に戻る

(C)Copyright 2000-2002 Takayuki Yamane All Rights Reserved.