14


 翌朝、電車に乗るとやっぱり公美さんがいた。
 今日は、逃げたりしない。
 自分から公美さんの傍へ行った。
 そのことが嬉しいのか、公美さんはにこにこと笑っていた。
「おはよう、美鳩ちゃん。相変わらず可愛いね」
「……おはようございます」
 あたしも、にやっと笑って見せた。「触れるものなら触ってみなさい」という、挑発的な笑み。
 もちろん、公美さんはすぐに身体を密着させて、手をスカートの中にもぐり込ませてくる。
 そして――
「ん……?」
 怪訝そうな表情を浮かべた。
 感触を確かめるように、二度、三度、指先を動かして。
 でも、あたしはまったく感じない。
 平然と、公美さんが戸惑っている様子を観察することができた。
「……なるほど。考えたわね」
「そうそう毎日、好きに触らせはしませんよー、だ」
 あたしは苦笑している公美さんに向かって、小さく舌を出した。
 タネを明かすと。
 今日のあたしは、生理用ショーツにナプキン二枚重ねという装備なのだ。
 もちろん今日がアノ日というわけではなくて、公美さん対策。
 こうしておけばそう簡単に指は入れられないし、ショーツの上から触られても感じたりしない。
 しばらくもぞもぞと指を動かしていた公美さんも、諦めたのか手を引っ込めた。
(……よし、勝った)
 思わず、心の中でガッツポーズ。
「でもさあ……」
 公美さんが小さく肩をすくめる。
「こーゆーことすると墓穴を掘るって、昨日言わなかった?」
「ふーんだ。そんな負け惜しみ」
「……だと思う?」
「え……?」
 単なる強がりとも思えない、自信ありげな笑み。
 あたしは急に不安になった。公美さんってば、何かとんでもないことを考えているのでは。
 また、手がスカートの中に入ってくる。
 脇の部分から、指を入れようとしている。だけど無駄なこと。この状態から指を奥まで入れるのは難しいし、少しくらいもぐり込ませたところで思うようには動かせまい。
 だけど。
 そこに触れたものは、公美さんの指とは違った感触だった。
 もっと硬い、つるりとしたもの。
「え、……んっ」
 それが、パンツの中に押し込まれた。
 親指の先、よりは一回り大きいだろう。なんとなく丸っこい形状の、なにか。
 二枚重ねのナプキンに押さえつけられて、あたしのあの部分に強く押し付けられている。
「やっ……なに、これ」
「いいもの、よ」
「ひっ、……っ?」
 ヴーン
 突然、『それ』が小刻みな振動を始めた。
 あたしの、一番敏感な部分に触れた状態で。
「やっ……やだっ、何してるの?」
「なにも」
 公美さんはあたしの前で両手を広げてみせる。
 なにも持ってはいない。
 じゃあ、下着の中にあるこれは?
「ローターって、知ってる?」
 あたしの耳元でそっとささやく。
「ロー……タ?」
「オ、ト、ナ、の、お、も、ちゃ」
「――っ!」
 公美さんは一音一音区切るように、ゆっくりとささやいた。
 あたしも、なにが起こったのか理解した。
 知識では知っている。それは、中に小さなモーターが入った、プラスチック製のカプセル。
 スイッチを入れると小刻みに振動して、エッチな部分に当てると気持ちがいい、という代物だ。
 それが、下着の中にある。
 その事実を認識したところで、背中を冷や汗が流れ落ちた。なにしろ初めての体験なのだ。これからなにが起こるのか、まったく予想できない。
 ヴィィィーン……
 気のせいか、振動が少しずつ強くなっていくみたい。
 喉の奥から、声にならない嗚咽が漏れた。
 指で触られるのとは、まったく違う。ぶるぶると震える振動が、身体の奥まで伝わってくる。
「ひっ……くっ、ん……んっ!」
 ヴィィ――ッ!
 間違いない。振動が、どんどん激しくなっている。神経を通って、骨盤の中まで浸透していくみたいだ。
 脚から力が抜けていく。
 膝ががくがくと震えた。
「どう? 最近は、リモコンで離れたところから操作できる機種もあるのよね」
「――っ、ひっ……ぃ……やっ」
 弱く、強く。
 激しく、優しく。
 ローターの振動はうねるように変化する。地震で液状化現象を起こす地盤のように、あたしの下半身がとろけていく。
「や……だっ、あっ……取っ……て」
 自力で立っているのが辛くなって、公美さんに掴まった。
 お尻をくねるように動かしても、二枚重ねナプキンで押さえ込まれたローターは、まったくずれる気配もない。一番感じる部分にぴったりと密着して、あたしの胎内に非情な振動を送り続けている。
「や、だ……やぁ……お願い……」
 これを取ってくれるのは、公美さんしかいない。あたしは縋りついた。
「やめて……もう……、や……ぁ……」
「やめてって言われて、私がやめると思う?」
 思わない。
 公美さんの性格はよくわかっている。あたしが嫌がること、泣くようなことが大好きなんだ。
 だけど、無駄だとはわかっていても、縋らずにはいられない。
 絶え間ない振動のためか、それがもたらす快感のためか、下半身が痺れてくる。人混みの中で公美さんに支えられているから、辛うじて立っていられるのだ。
 単調なモーターの振動であれば、いずれ慣れてしまったかもしれない。だけど公美さんの操作で微妙に変化するその刺激は、彼女の指がもたらすのと同様、抗うことのできない快楽をあたしの中に注ぎ込んでくる。
 しかも。
 公美さんは、あたしを焦らして遊んでいた。
 どんどん気持ちが昂ぶっていって、あとひと息でイキそうなところになると、急にスイッチを切ってしまうのだ。
 そして、ふぅっと息をつくとまた動き始める。
 終わりのない拷問だった。
 パンツの中は、今日の重装備でなければ太股まで流れ出すのではないかと思うほどに濡れている。
 気が狂いそうだ。
 くしゃみが出そうで出ない、あのむずむずとした感覚に似ている。それを何百倍にも強くしたもの、とでもいえばいいだろうか。
 早く、駅に着いてほしい。
 もう、間もなくのはずだ。
 ほら。
 駅名を告げるアナウンス。
 見慣れたホーム。
 少しでも気を紛らわせようと、あたしは窓の外の風景に意識を向けた。
 電車が止まる。
 ドアが開く。
 助かった、と思った。これで解放される、と。
 ところが。
 ホームへ向かって一歩踏み出そうとしたところで、ぐらりと身体が傾いた。
 膝に力が入らなくて、体重を支えられなかった。
 転んでしまう、と思った瞬間、公美さんの腕があたしを掴まえた。転ばないように、身体を支えてくれる。
「ほら、お座りなさい」
 促されるままに、ホームのベンチに腰を下ろす。と同時に、あたしは小さな悲鳴を上げた。
 パンツの中には、ローターが入ったまま。
 そのままの状態で硬いベンチに座るとどうなるか。ローター初体験のあたしは知る由もなかったのだ。
 ローターはまだ動きっぱなしで、座ったためにそれがぎゅうっと押し付けられる。
 同時に、公美さんが振動を最強にした。
「いぃっ! やっあ、は……っ」
 痛いほどの刺激が、脊髄をびりびりと走り抜けていく。
 立たなきゃ、と思ってもそれができなかった。
「と、取って……取って! お願い、お願い!」
 狼狽えるあたしの様子に、くみさんが可笑しそうに微笑んだ。
 あたしの懇願を無視して、わざとゆっくりした動作で、近くの自販機で飲み物を買ったりしている。
「取ってあげてもいいけど、ここで? スカートまくり上げてパンツ下ろすの?」
「う……」
 考えてみれば、そんなことできるわけがない。下で何をしていてもわからない、すし詰めの車内とは違うのだ。
「それに、さ……」
 隣に座った公美さんが、耳に口を寄せてくる。
 息が吹きかけられる。
「それよりもまず、ちゃんと最後までイキたいんじゃない?」
「あ、……」
 はっとして、公美さんの顔を見た。
 確かに、その通りだった。今すぐこの振動が収まったとしても、あたしの身体は、もうどうしようもないくらいに火照っている。
 このまま学校へ行ったら――このふらつく脚で無事に行き着けるかどうかも疑問だが――また、シャワー室で自慰に耽ることになりそうだった。
「いかせてあげようか? トイレの中なら、人目に付かないでしょ」
「え……でも」
 このままじゃ我慢できない。だからといって、公美さんに降参するのもどうだろう。
 でも。
 だけど……。
 身体と理性が、それぞれの主張を訴える。
 迷うあたしに決心を促すように、ローターの振動が激しくなった。
 身体が、びくっと震える。
 その最後の一押しで、臨界点を超えてしまった。
「いかせて……ちゃんと……、最後まで」
 小さくうなずいて、あたしはその台詞を絞り出す。
 悔しくて、涙が滲んできた。



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