13


「ねえ、ハト。なにか悩みでもあるの?」
 休み時間に、聖さんが訊いてきた。
 あたしのことを心配しているような口振りだけど、いつものように背後から抱きつきながらではまったく説得力はない。
「……どうして?」
 あたしは訊き返した。
「なんか、最近さぁ……。ぼーっとして、なにか考え込んでるというか。特に午前中なんて、心ここにあらずって感じで。元気ないこと多いよ」
「そう、かな……?」
「土曜日、カラオケに行った時も。ハト、先に一人で帰ったじゃない? あの時、なんだかすごく悩んでるような、思いつめてるような表情してた」
 さすが聖さん、よく見ている。
 だけど、あたしの悩みは聖さんに相談できる類のものじゃない。
 毎朝のように痴漢に襲われる、なんて。
 しかもそれが、すごく綺麗な女の人だ、なんて。
 相談できない一番の理由は、多分、公美さんの行為にあたしが感じてしまっているためだった。
 痴漢の愛撫で感じてしまう淫乱女――そんな風に思われたくない。
 だけど、感じてしまう原因はあたしではなくて、公美さんの側にあるはずだった。
 あたしが、特別感じやすい体質ということはないはず。男の痴漢だったらなにも感じない……どころか、具合が悪くなるくらいなんだから。
 きっと、公美さんが上手すぎるのだ。
 だけどこんなこと、聖さんに相談してもどうにかなるものじゃない。
 かといって、いつまでもこのままでいいと思っているわけじゃないけれど。
「ねぇ、ハト? 悩みがあるなら相談してよ。友達でしょ」
「悩み、ねぇ……誰かさんに、毎日触られることかな」
 あたしは冗談めかして言った。
 もちろん「誰かさん」は公美さんなんだけど、半分は聖さんに対する皮肉。
 冗談のつもりで言ったんだけど、聖さんはぱっとあたしから離れると、急に表情を曇らせた。
「ごめん……本気で嫌だった?」
「あ、うそうそ」
 聖さんが本当に申し訳なさそうな顔をしているので、慌ててフォローする。
「冗談。気にしないで。聖さんのは、単なるスキンシップだからね。別に嫌じゃないよ」
 効果てきめん。それだけで聖さんの顔がぱぁっと明るくなる。
 あたしはさらに慌てて付け足した。
「……積極的に、して欲しいと思ってるわけじゃないけど」
 一応釘を刺しておかないと、聖さんの「スキンシップ」もどんどんエスカレートしてしまうから。
「じゃあ……。また、抱きついてもいい?」
「……って、あらたまって訊かれると困るなぁ」
 断るのも悪いし。
 かといって口に出してそれを許してしまうと、また「聖さんとハトはできている」なんて噂が流れてしまう。
 しかし聖さんにとって、「拒否しない」ことはイコール「OK」らしい。このあたりの感性、少し公美さんに似てるかもしれない。
 また、あたしに抱きついてくる。
 だけど正直なところ、あたしも、聖さんと密着しているのは好きだった。
 温もりが心地よくて。
 誰かに抱きしめられていると、すごく安心できる。
 こうやって聖さんと寄り添っているのは、気持ちいい。
 公美さんに触られるような、濡れてしまうような快感とは違うけれど。
 本当に、すごく心地よい。
 こうした「スキンシップ」は嫌いじゃない。
 公美さんの場合、ここで濡れちゃうからいけないんだろう。
 あれはもう、条件反射みたいなものだ。
 こうして聖さんに触られているのも気持ちいいのは確かだけど、それは性的な快感じゃない。
 公美さん相手の場合、触られて感じてしまうから、反応してしまうから、なおさら相手を悦ばせてしまうのだろう。
 そろそろ、なにか対策を練る必要があった。
 もちろん、朝の電車を変えれば公美さんとは会わないんだけど。
 だけどそれでは逃げたみたいで、あたしのプライドが許さない。
 公美さんと隣り合わせになっても、向こうは手を出してこない、手を出せない。そうなって初めて、公美さんに勝ったという気がする。
 なにか、いい手はないだろうか。
 一生懸命に頭を働かせていると、聖さんが話題を変えてきた。
「ところでハト。アレ、持ってる?」
「え? あ、うん」
 女の子同士でのこうした会話で「アレ」といえば指すものは決まっている。
 そう、生理用品。
「ひとつくれない? 予定より三日も早くはじまっちゃってさ。ハトが来る前に真澄にもらったんだけど、予備がないとなんか不安でね」
「聖さんってば、いつもそう。女の子なら常備しなよね。変なとこでずぼらなんだから」
 一応文句は言いながらも、あたしは愛用の「超薄型、横漏れ防止タイプ」を一つ渡した。
「ハトちゃんのナプキンかー。使ってて感じちゃったらどうしよう」
 聖さんってば、掌に乗せたナプキンに頬ずりして、とんでもないことを言う。
 そして、真っ赤になっているあたしの反応を楽しんでいる。
「そんなふざけたこと言うならあげない」
 聖さんの手からナプキンを取り返そうとする。
「あはは、うそうそ」
 その手を高く上げて聖さんが笑う。身長差が十五センチ以上あるから、手を上げて背伸びをされたら絶対に届かない。
 それでも、あたしも背伸びをしてじたばたと暴れて。
 そういう反応が、余計に聖さんを喜ばせてしまうとはわかっているんだけど。
 だけどこのことがきっかけで公美さんへのいい対策を思いついたのだから、世の中なにが役に立つかわかったものではない。
 明日は、公美さんをがっかりさせてやろう。
 あたしは、心の中で拳を握っていた。



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