「ハト、今日はなんだか元気ないね」
クラスメイトの真澄が声をかけてくる。
学校に着いても、あたしはまだ完全に復活していなくて、自分の席でぼんやりしていたから。
ハトっていうのはあたしのあだ名。
本名は「みく」だけど、漢字では「美鳩」と書くので、昔から、仲のいい友達からは「ハト」って呼ばれている。そして真澄は、中等部入学当時からの親友。
「ん? ……ちょっと、ね」
あたしは力のない笑みを返した。真澄は心配そうに訊いてくる。
「何かあった?」
「う、ん……。朝、痴漢に遭っちゃってさ……」
「またぁ? しょっちゅうだよねー。ハトの乗る電車、混んでるもんね」
「無理ないって。ハトってば童顔で可愛いし、小柄なのにこの胸だし」
「みゃあぁぁぁっっ?」
もう一つの声が割り込んでくるのと同時に、いきなり背後からむんずと胸を掴まれて、思わず悲鳴を上げた。
「んんー。相変わらず、サイズ、揉み心地ともにベリグッド! おはよ、ハト」
「……聖さん、やめてよぉ」
あたしは振り返らずに言った。
突然触られればどうしてもびっくりするけれど、実はこれは毎朝のこと。あたしを背後から襲っているのは、クラスメイトの佐崎聖子だった。
あたしは胸が大きめのせいか、よくふざけて触られたりもする。だけどここまで露骨に、揉むように触ってくるのは彼女しかいない。
「また痴漢に遭ったって? よしよし。ロクでもないエロオヤジに触られて傷心のハトちゃんを、おねーさんが慰めてあげよう」
なんてこと言って、ぎゅうって抱きついてくる。
真澄が呆れ顔で言った。
「おねーさん、って。聖さん、あんた十二月生まれでしょ。ハトよりも、半年ちょっと年下じゃん?」
「細かいこと言いっこナシ。ねー、ハト」
聖さんはあたしの胸を掴んだまま、頬ずりしてくる。
つまり、まあ。聖さんって、こんな人なのだ。
真澄の言うとおり、誕生日はあたしよりも後だけど、背が高くて、私服で歩いていると女子大生に間違われるくらい大人っぽくて、なかなかの美人。
本名は聖子だけど、容姿も性格も、なんとかって小説に出てくる「聖」っていう名前の女子高生にそっくりだって誰かが言い出して、同学年なのに「聖さん」って呼ばれてる。
女子校にはよくいる「下級生にもてるタイプ」で、中等部三年生だった去年なんて、校内にファンクラブまであったくらいだ。
別に、レズってわけじゃないんだろうけれど、自ら「可愛い女の子が大好き」と公言してはばからない。
そのせいか、いつもこんな風にあたしにちょっかいをかけてくる。今朝の痴漢みたいに、これ以上変なことするわけじゃないからいいんだけど。
「……でも、その痴漢の気持ちもわかるなぁ。ハトって可愛いし」
そう言って、指先であたしの頬を突っついた。
「その上、百五十四センチ四十キロの華奢な身体で、この豊満な美乳は反則だって。しかも現在進行形でさらに成長中」
「成長するのは、聖さんがそうやって毎日触ってるからじゃないの?」
「こんな素敵なおっぱい、触らずにいられますかって」
「やぁん、もぉ!」
身体をよじらせて抵抗すると、ようやく聖さんはあたしを解放してくれた。
「とゆーわけで、もしも私が男で、ハトと同じ電車に乗り合わせたりしたら、絶対に痴漢しちゃうね。もう間違いなく!」
「はは……」
「そこまで力いっぱい断言しなくても」
あたしは力なく笑い、真澄が呆れ顔で言う。
それに、男じゃなくても痴漢する人はいるんだよ……とは、さすがに言えなかった。
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