(うぅん、困ったなぁ……)
 朝、学校へ向かう電車の中。
 あたし、岡村美鳩はすごく困っていた。
 電車はいつものようにぎゅうぎゅう詰めの満員で、ろくに身体を動かすこともできない。
 そんな中、先刻からあたしのお尻のところで、もぞもぞと動いている手がある。
 偶然手が触れている、というのではない。明らかに意志が感じられる動き。
 痴漢、だ。
 この時間帯の電車はいつもすごく混んでいて、ミニスカートの制服でそれに乗っている女子高生のあたしは、どうしても痴漢に遭いやすい。
 今日が、初めてというわけでもない。
 別に慣れているわけではないけれど、いつもなら大きな声で「止めてください」って言うくらいはできる。
 だけど今日は事情が違った。
 あたしが困惑している理由は、単に「痴漢に遭っているから」ではない。
 今日の痴漢は、いつもとはちょっと違う。
 前に立って身体をぴったりと密着させているその人は……なんと、女の人なのだ。
 普段、朝の電車に乗る時は、できるだけ女の人の隣に立つようにしている。少しでも痴漢に遭う確率を減らすために。
 まさかそれが裏目に出るなんて、誰が思うだろう。
 すごく、きれいな人だった。
 整った顔立ちをしている。
 歳は二十代半ばくらいだろうか。
 背は高めで、長い栗色の髪は軽くウェーブがかかっている。
 Tシャツとジーンズというラフな服装だけど、それがすごく格好いい。スタイルも良さそうだ。
 こんな人が、痴漢だなんて……いや、女の人の場合は痴女っていうんだっけ?
 まあとにかく。
 こうして触られていても、なんだか信じられない。
 だけど、間違いない。
 その女の人の手が、私のスカートの中にまでもぐり込んでいる。
 内腿を指先でくすぐりながら、ゆっくりと上に上がってきている。
(……どうしよう)
 普通の痴漢なら、周囲に聞こえるように「止めてください」って言えるのに。
 なんだか躊躇してしまう。
 だって、誰が信じるって?
 こんなきれいな女の人が、女子高生相手に強制猥褻行為を働いているなんて。
 されている本人、半信半疑だった。
 でも、それが事実。
「……っ、くっ……んっ」
 思わず、声が漏れてしまった。
 下着の上から、エッチな部分を触られてしまった。
 指の動きはすごく繊細で、微妙なタッチであたしに触れている。
 くすぐったくて、むず痒くて。
 そして……気持ちイイ。
 頬が紅潮してしまう。
 汗ばんでいるのは、五月後半の陽気のためだけではなさそうだ。
(ヤダ……)
 痴漢に触られて、感じてしまうなんて。
 だけど、これまで遭った男の人の痴漢とは全然違う。
 相手が女性だからだろうか。いつものような生理的な嫌悪感が湧いてこない。
 すごく優しく、丁寧に触れている。
 あたしが反応する部分がわかっているみたいに、弱い箇所を重点的に攻めてくる。
 認めたくはないけれど、あたしは感じていた。
 女の子の部分が反応し始めて、普段とは違った潤いを帯びている。
「やめて……ください……」
 その人にだけ聞こえるように、小さな声でささやいた。
 これ以上触られていたら、どうにかなってしまいそうだ。
「やぁ……、やめて……」
「い、や」
 女の人が、耳元でささやく。息を吹きかけるようにして。
 悪戯な笑みを浮かべて目を細めると、最初の印象よりも子供っぽい顔になった。
「や……だ……」
「うふん」
 あたしの抗議を無視して、指の動きはかえって激しさを増した。
 パンツの上から、あの部分に指が押しつけられる。
 ナイロンの薄い生地がくい込んでくる。
「やっ……んっ!」
 そのまま、小さな円を描くように動く指。それに合わせて、身体がビクッ、ビクッと震えてしまう。
「……お、ねがい……もう、……やめて……」
「なに言ってるの。これからがイイんじゃない」
「……っ! ……だめっ」
 指が、下着の中にまで入ってくる。
 直に、触られた。
 生まれて初めての経験だった。
 一番恥ずかしい部分を、他人に触られるなんて。
 恋人でもなんでもない相手に。
 しかも、同性なのに。
「やっ……いやっ」
 身体を捩ってその指から逃れようとしても、すし詰めの車内ではほとんど身動きがとれない。
 あたしはなすがままに触られていた。
 中指が、割れ目の中にもぐり込んでくる。
 ひとりエッチで自分で触る時のように、前後に擦っている。
 そこは理性に反してすっかり濡れてしまっていて、指はなんの抵抗もなくつるつると滑っていた。
「は、ぁ……やっ、くっ……んっ!」
 ぎゅっと歯を喰いしばっていても、指先がクリトリス――あたしの一番敏感な部分――に触れる度に、唇の隙間から切ない声が漏れてしまう。
 その度に、あそこの潤いが増していくのがわかる。
 だんだん、頭がぼーっとしてきた。
「可愛い反応。君って、すごく感じやすいのね」
 耳元でささやかれる声が、どこか遠くから聞こえる。
 指の動きは、単純な前後の往復から、もっと複雑なものへと変化しつつあった。
 指の一本は、クリトリスに微かに触れてゆっくりと擦っている。
 もう一本の指が、一センチくらいだけあたしの中に入ってきて、小刻みに動いている。
 さらにもう一本の指は、あろうことかお尻の穴の周りをくすぐっている。
「やっ! ……ふっ……ぅうっ……い、や……」
 脚ががくがくと震えて、力が入らなくて、立っているのが辛くなっていた。制服のブラウスの下は、汗びっしょりだ。
 声も、もういつまでも抑えていられそうにない。
 泣き出しそうだった。
 いつまで、こうしていなければならないのだろう。
「もうすぐ、イっちゃうかな?」
 女の人のそんなつぶやきと、次の駅名を告げるアナウンスが重なった。
 電車が減速していく。
 ホームの風景が、徐々に速度を落としながら後ろへ流れていく。
 ちらりと見えた駅名は、あたしが通う女子校の最寄りの駅のもの。
 最後に電車は小さくガタンと揺れて、ドアが開いた。
「……お、降ります! 降ろしてください!」
 会社員の利用は少ない駅なので、ここで降りる人はそう多くない。
 あたしは必死に人波をかき分けて、ホームへ降りた。
 背後で、ドアが閉まる音がする。
 ふぅ――と、大きく息を吐き出した。
 助かった、と。
 ひどい脱力感に襲われて、そのままホームのベンチに腰を下ろす。
 頭がぼーっとして、呆けたようにしばらくそこに座っていた。
 濡れた下着の冷たい感触が、少し気持ち悪かった。



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