「……さっぱり上達しないなー」
 凉子が溜息混じりに言う。
 金鷲旗の後も続くマンツーマンの特訓。
 金鷲旗の副将戦では、寝技で捕まりはしたものの脱出できて、寝技の技術もそれなりに向上していると思ったのに、しかしやっぱり凉子にはまるで敵わない。
 凉子が寝技の名手だということもあるが、それよりも凉子相手だと変に意識してしまうことの方が大きい。
 意識せずにはいられない。むしろ悪化しているといってもいい。
 以前よりももっと惹かれている。もっと好きになっている。
 身体を密着させた状態で、攻防に集中しろと言われても無理だ。
 ただでさえ寝技に関しては凉子と技術、経験ともに差が大きいのに、その上精神状態がこれでは勝てる道理もない。
 とはいえ、そんな事情を正直に言うわけにもいかない。
「寝技の名手の凉子先輩に勝てるわけないじゃないですか!」
「勝てるわけないなんて、最初から諦めてるうちはダメだな。……よし、こうしよう。寝技であたしから一本取れたら、あたしのこと好きにしてイイってのは?」
「え?」
 凉子はちらりと胴衣の襟をめくってみせた。
「そのまま、この道衣を脱がすようなことをしてもいいってこと。したいんだろ? どうだ?」
 挑発的な笑みを浮かべて言う。万が一にも自分が負けることなどありえないという自信がみなぎっている。聖美を焚きつけるというよりも、からかっているような口調だ。
「や……やりますよ! もちろん!」
 聖美は慌ててうなずいた。
 勝てるわけがない。「稽古をつけている」だけの普段の練習でも凉子の技量は圧倒的なのに、こんな条件を出してきた以上は本気で来るだろう。
 それでも。
 もしかしたら、万が一。
 いや、それよりもなによりも、チャレンジする姿勢が大切なのだ。
 金鷲旗の時と同じ。諦めたらそこで終わる。挑戦する意志さえ失わなければ、道は開けるかもしれない。
 聖美は両手で頬を叩いて気合いを入れた。



「……嘘つき! 詐欺師!」
 凉子は涙目で叫んだ。
「なんで、いきなりそんな強くなンだよっ!? 猫かぶってたのかっ?」
 聖美の身体の下でわめいている。
「あはは……なんででしょうね?」
 聖美は引きつった笑いを浮かべた。
 自分でも信じられない。
 だけど、現実だった。
 凉子を、高校女子では最強の寝技の名手を、完璧な形で三十秒間抑え込んだのだ。
 あの『ご褒美』でこんなにも変わるものなのだろうか。それとも単なる偶然だろうか。
「でも……あの…………、約束は約束……ですよね?」
「……」
 凉子は無言で、顔を真っ赤にして顔を背けた。彼女もまさかこんなことになるとは思っていなかったのだろう。負けた時のことなどこれっぽちも想定していなかったに違いない。
 聖美としても、ここは冗談で済ませるべきなのだろうか。
 いいや、それはダメだ。
 ここでうやむやにしてしまったら、凉子を手に入れるチャンスはない。
 勝ったのだから、強く出るべきだ。自分は勝者、それを求める権利がある。凉子を手に入れたい。
「……凉子先輩、……ね?」
 抑え込んだ体勢のまま、凉子の帯を解いた。Tシャツをまくり上げ、手を中に滑り込ませる。
「わーっっ、ストップ! 待った! わかった、約束! でもちょっと待った!」
 その手を押さえて凉子が叫ぶ。
「ちょっと待ってって! せめて、先にシャワーを……」
 言われてみれば、稽古の後で二人とも汗だくだ。
 でも、
「私は別に気にしませんけど?」
 凉子の汗の匂いは、ぜんぜん嫌だなんて思わない。むしろ香しく感じる、なんて言ったら変態扱いされそうだから言わないけれど。
「あたしが気にするっつーのっ! 女の子として同然だろ!」
「……ですね」
 苦笑しながらうなずいた。凉子の汗の匂いは気にならない聖美も、自分の汗は気になる。
「じゃ、行きましょうか」
 先に立って、凉子に手を差し伸べる。
 凉子は一瞬、躊躇うような表情を見せたが、その手を無視して自力で立ちあがった。
「逃げちゃヤですよ?」
「逃げねーよ! いまさら」
 怒ったような、拗ねたような態度で、一人でずんずんと先に行ってしまう。
 そんな様子が照れ隠しにも見えて、ちょっと可愛いな、なんて思ってしまった。


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