翌日は、昨日の土砂降りが嘘のような快晴。
 しかし杏は心の中に少しばかり靄がかかっているような気分だった。
 朝起きてからずっと、動機が治まらない。家を出て学校が近づくにつれて、逆にどんどん激しさを増してくる。
 どんな顔をして由起と会えばいいのだろう。はたして、面と向かって平常心を保てるだろうか。
 ありえないことと思いつつも、他のクラスメイトに昨日のことがばれてしまうようなぼろを出すのではないかと気が気ではない。

 しかし――
 
 暴れる心臓を抑えつつ、遅刻ぎりぎりに教室に入ると、先に登校していた由起はまったく普段通りの姿だった。
 容姿も、雰囲気も、いつもと変わらず地味で、教室の人混みになかば埋没してしまっている。
 教室に入ってきた杏を見て、微かな笑みを浮かべて小さく会釈したようにも見えたが、あるいは気のせいかもしれない。
 ほどなくチャイムが鳴り、担任の先生がやってくる。
 昨日までとなにも変わらない、普段通りの学校の一日が始まる。
 休み時間になっても、向こうから話しかけてくる様子もない。いつもと変わらず、教科書を開いて次の授業の予習をしている。だから、杏の方からもなにも行動を起こせない。
 由起の姿を見ていると、昨日の出来事がすべて夢だったかのように思えてくる。
 あの地味な由紀が、実はすごい巨乳で可愛くて、たまたま一緒に雨宿りした同性とセックスしてしまうような積極的な性格だったなんて。
 考えれば考えるほど、現実離れした事件だった。
 だけど、それは紛れもなく現実だ。
 どんなに信じられない出来事であっても、下半身に残る微かな痛みは誤魔化しようがない。
 触れられた時の、あの気の遠くなるような快感の残滓もまだ残っている。
 だから、すべて現実なのだ。
 由起に話しかけてみたい気もする。
 だけど、やっぱり恥ずかしい。そもそも、なにを話せばいいのかもわからない。
 普段、学校の用事以外で由起と言葉を交わすことなどほとんどない。いきなり親しげに話しかけたりしたら、他のクラスメイトに不審に思われるかもしれない。問いつめられて、昨日のことがばれたりしたら困る。
 単なる暇つぶしのために、その場の勢いで、しかも女同士で、野外でエッチ、しかも初体験してしまったなんて。
 友達には言えない。
 なにもなかったふりをしなければならない。少なくとも、クラスメイトの目があるところでは。
 だから、意識的に普段と変わらぬ学校生活を送る。
 睡魔と戦いながら授業を受け、お弁当を食べ、友達と他愛もないおしゃべりをする。由起も見る限り普段と変わらない。
 放課後になる頃には、破瓜の痛みの名残もほとんど消えて、昨日の事件の物的証拠はなくなってしまった。
 そうして、以前と変わらない日常が戻ってくる。
 
 残ったのは、疑問だけだった。
 由起はなぜ、あんなことをしたのだろう。
 普段の彼女からは想像もできない、唐突な言動の引き金となったのはなんだったのだろう。
 それが気になって仕方がない。
 まさか、由起は普段からああなのだろうか。
 真面目で地味な優等生は表の顔で、その陰で行きずりの相手とのセックスを繰り返していたのだろうか。
 いや、そうではない。由起だって初めてだと言っていたではないか。
 だからこそ、わけがわからない。
 由起についてわかったことといえば、学校での印象よりもずっと美人だということと、胸が大きくてスタイルがよくてエッチな身体だということ、そして性格はたぶんそれ以上にエッチだということ。
 あらためて想い出してみても綺麗な身体だった。胸をはだけるだけじゃなくて、全裸になったところも見てみたいかも……なんて考えている自分に気づいて赤面してしまう。
 あの日以来、知らず知らずのうちに由起の姿を目で追うことが増えていた。気がつくと由起の姿を探している。
 杏の目に映る由起は、あの日の前後でなにも変わっていない。
 どうしてだろう、そのことが少し不愉快だった。


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