■チャレンジ・ツール・ド・北海道2006 in 大滝

主催 札幌自転車競技連盟/伊達市/(財)ツール・ド・北海道協会
開催場所 伊達市大滝地区特設コース
車種 ロード
概要 1周12.9kmの公道周回コースでのロードレース
クラス S-2(5周回、約65km)

■10日

 朝里峠ではやや小降りだった雨が、中山峠を越えるとまた激しくなってきていた。
 この時点で今日のクリテリウムはDNSと決めていたので、中止の連絡はむしろ幸いだ。雨のレースで体調を崩したり、バイクの整備に追われたりする心配なしに明日のロードレースに専念することができる。
 早々にホテルに移動し、ロードレースのDVDを観たり温泉に入ったりして暇つぶし。
 夕方になって雨がやみ路面が乾いてきたので、ディレイラー調整のために5kmほど走行して準備は終わり。
 もともと、レース前日はほとんど走らないのが私の調整法である。
 温泉が気持ちよすぎて、風呂あがりのビールを我慢することだけが苦痛だった。


■11日

 6時過ぎに起床。
 炭水化物とフルーツを中心に朝食は十分に摂り、早めに会場へ移動する。

 まずはバイクの調整。
 タイヤの空気圧を調整し、ディレイラーの動作をチェック。
 念のため、予備ホイールもすぐ使えるようにしておく。
 しばらく悩んだスプロケットは、結局12-23Tを選択した。
 登りで勝負しなければ勝ち目がない以上、25Tを使わなければならなくなった時点で負けだ。
 守りの25Tはいらない。それよりも攻めに使える18Tがあることの方が大きい。

 ドリンクはカロリー補給と疲労回復の両立を考えて、グリコーゲンリキッドとメダリストのブレンド。
 ボトル一本では足りない可能性もあったが、二本持つほどではないと判断してラージボトル一本とする。
 補給食は余裕を見て、パワージェル三個をポケットに入れる。

 9時を過ぎ、コース上では他クラスのレースが始まっている。
 S-2クラスのスタートは10時47分の予定だったので、9時20分頃からゆっくりとアップを始めた。
 途中、差しいれのバナナで適度に栄養を補給する。なにしろ、朝食だけではちょうど空腹を感じ始める微妙な時間帯のスタートである。
 10時から10分間は強度を上げ、その後10分間のクールダウン。
 アンダーシャツを着替え、メダリストを飲み、トイレを済ませて準備は完了だ。

 体調はかなりいい。
 昨日のレースが中止になったこともあって燃料は満タンだし、筋肉や関節の痛みもない。
 やる気も十分だ。
 自分の走りに不安はない。
 問題は、他の選手が自分より強いか弱いかだけだ。
 昨年このクラス2位のおぞねっちが体調不良でDNSというのは、ちょっとした不安材料だった。
 このレースが初めての私にとっては、強敵が一人減ったメリットよりも、終盤まで一緒に逃げられるチームメイトがいなくなったデメリットの方が大きい。
 とにかく、一人でやるしかない。
 うまくJ-1の選手と逃げることができれば、勝機も見えてくるだろう。

 レースは予定より10分遅れて、10時57分のスタートとなった。
 直後から登りが始まるとあって、他のレースでは見られないゆっくりとしたスタートだ。
 さて、どうしたものだろう。
 集団先頭で登りのペースを作りながら作戦を考える。
 一周目から仕掛けることは簡単だが、それでどの程度集団を引き離せるかは未知数だし、一人で5周を逃げ切る力がないのは明らかだ。
 とりあえず1周目は様子見で、仕掛けるなら2周目からだろうか……そんなことを考えていると、J-1クラスのK坂選手が隣に上がってきた。
 道新杯でも積極的な走りで圧勝し、たぶん今回の面子では一番の『行きたがり』だろうと見ていた選手だ。
「行かないんですか?」
 K坂選手が話しかけてくる。
 いくらなんでも1周目のP1前にそれは気が早すぎるだろう――と思ったが、「後ろ、ちぎれてきてますよ」の言葉に背後を振り返ると、なるほど、集団は早くもばらけ始めている。
「んじゃ、ちょっと行ってみるか」
 そう答えて腰を上げる。
 まだ全力は出さないが、とりあえず登りに弱い選手をふるいにかけるための軽めのアタックだ。
 200〜300mほどダンシングして、後ろとの差が少し開いたところでシッティングに戻る。ただし、先刻までの『巡航速度』から『戦闘巡航速度』にペースアップしてのシッティングだ。

 P2を右折したところで、勝つ気のある選手はこの逃げに乗ることを決めたのだろう。北大のY川選手が、道南車連のSミス選手と尚志学園の高校生一人を引き連れて追いついてきた。
 後ろとははっきりと差がつきつつある。五人の逃げ集団の形成だ。
 この状況は、私にとってはある意味理想的だった。
 J-1の二人とは利害が衝突しないから牽制なしに協力できるし、K坂選手は間違いなくJ-1最強だ。
 そしてS-2が三人ということは、この面子で逃げ切れば最低目標である表彰台は確保できる。
 しかしそれは、大きな問題でもあった。
 Y川選手もSミス選手も、いかにも強そうである。三人を比べれば明らかに私が見劣りしてしまう。勝てそうな気がしない。

 前々から思っていたが、自分以外の速い選手というのは、どうしてこう見るからに速そうなのだろう。
 道新杯のS-2で優勝したN谷選手などもそうだが、体格も、顔つきも、そしてまとっている雰囲気も、そのすべてが速そうだ。
 彼らに比べれば、自分は露骨にヘタレオーラを出しているような気がする。

 しかし、ここで諦めてしまうのは気が早すぎる。
 この小集団から早々に抜け出すのは無理としても、終盤まで食らいついていってチャンスをうかがうしかない。

 2周目、3周目は平穏に進んでいった。
 五人のローテーションで速度を維持し、後ろの集団との差は着実に開いていく。
 大丈夫、大丈夫。
 もう後ろは問題ではない。3周目でも登りのペースは維持できている。ここから分単位の差を詰められる選手が後ろにいるとは思えない。
 高校生とはできるところまで協力していけばいい。
 あとはS-2の三人の中で、いかに順位を上げていくかが問題だ。

 4周目の登りで一度仕掛けてみようかと思っていたが、動いたのはK坂選手が先だった。
 軽いアタックで先頭集団から抜け出していく。
 すかさず追う。
 逃げを潰そうというのではなく、もしもこれで後ろ三人との差が開くようならそのまま二人で逃げようという算段だ。
 しかし、K坂選手だけなら追わないY川、Sミス両選手も、私が動くときっちりマークしてくる。
 二度、三度、K坂選手がアタックする。
 私が追う。
 後ろの三人も反応する。ちぎれる様子はない。
 さすがにきつい。
 あと何回かこれを続けられたら、こっちは弾切れになってしまいそうだ。
 しかしK坂選手もこれ以上は無理と判断したのか、ペースが落ち着く。
 結局五人の集団はばらけず、再び協力して下り区間に入った。
 この時点で、脚はかなり厳しい状況だった。
 下り区間でもふくらはぎが攣りそうになっている。
 この脚で5周目に勝負できる自信はなかった。

 そして最終周回5周目、本当の戦いが始まった。
 激坂下り区間を先頭で抜けたK坂選手がそのままペースを落とさずに最後の登りに向かう。
 Y川選手もペースを上げる。
 激坂下りでは最後尾についていたSミス選手も前に出ていく。
 やはり、平坦部分のスピードでは彼らに敵わない。
 それでも登り区間に入れば追いつくことはできる。

 しかし今回、K坂選手が登りに入ると同時にアタックしていった。
 前の周回とは違う、簡単には追えないペースだ。
 そして、これまで登りでは積極的に動かなかったSミス選手がペースを上げてK坂選手を追っていった。
 速い、そして力強い走りだ。
 三人との差が開き始める。
 これはまずい。
 こちらもペースを上げる。
 今の脚でできる、精一杯のヒルクライム。
 太腿が悲鳴を上げる。
 しかしギアは落とせない。シフトダウンしたらそのまま一気に行かれてしまう。
 最後の力を脚に注ぎ込む。
 P2を過ぎて、一番きつい登り区間に入る。
 ここで、余裕ありそうに見えたY川選手が徐々に遅れ始めた。むしろ辛そうに見えた高校生が粘っている。
 こちらももういっぱいいっぱいだ。前の二人との差は徐々に、しかし確実に開いていく。
 強い、強すぎる。
 だめだ、追えない。あの二人には勝てない。
 差はまだほんの数十m、100mもない。しかし、その差がどうしても詰められない。
 こちらの脚が止まっているわけではないのに差が縮まらない。

 もう、いいじゃないか――。
 ここまで先頭グループで走って、表彰台は確実なんだから。
 そんな諦めの感情が膨らんでくる。
 ……もう、いいか。
 頭を下げ、視線をハンドルに落とす。
 と、左腕に嵌めたLIVESTRONGのリストバンドが目に入った。

 ……まだ、だめだ。

 首を振る。
『お前は、何だ?』
 自分に問いかける。
『俺は、クライマーだ』
 そう答える。
 それだけが拠り所だった。
 登りに強い、登りなら負けない、その自信だけを支えに走ってきた。
 確かにSミス選手は強い。エンジンの規格がまるで違う。
 もう、レースで勝つのは不可能だろう。
 だけど。

 登りでは負けられない。
 山頂は譲らない。

 それが、クライマーの誇りだ。

 ブラケットを握り、腰を上げる。
 大丈夫、大丈夫。
 まだ、姿は見えている。
 まだ、追える。
 そのために、ここまでダンシングを温存してきたのだ。
 このレースのために、ぎりぎりまで追い込んでからさらに1kmをノンストップでダンシングするトレーニングを積んできた。
 もう瞬発的な速度は出せないが、それでも戦闘速度は維持できる。
 まだ、追える。
 ペダルを踏み込む。
 少しずつペースが上がる。
 差が縮まっていく。
 まだ、追える。
 まだ、追いつける。
 30m……20m……
 これなら追いつける。
 そう思ったところで、Sミス選手が一瞬こちらを振り返った。
 目が合う。
 前に向き直ると同時に、腰を上げてペースアップしていく。

 ……もう、それを追う脚は残っていなかった。

 初めてだった。
 同じクラスの選手に、ロードの登りで負けたのは。
 完敗だ。
 思わず苦笑する。
 ここまで差を見せつけられては、もはや悔しさすら感じない。
 ただただ、はるか前を行く選手の底力に感心するばかりだった。

 登り区間の終わりで、K坂選手に追いついた。
 彼とは利害が衝突しないし、もうJクラス2番手の選手も姿が見えないくらい後ろということで、下り区間は協力して危険のないペースで通過する。

 やっと終わったな――激坂下りに入る手前でそう思った。
 ここを下れば長かったレースは終わりだ。
 勝てなかったが、出せる力を出し切った充実感はある。

 ゴール前の平坦区間、競う相手はもういないが、ダンシングでアウターギアを踏んで速度を維持する。
 無様な姿は見せたくない。
 フィニッシュラインを越えるまでペダルを踏み続け、ひと足先にゴールしていたSミス選手とハイタッチを交わした。


 ……とゆーことで、私にとって初のチャレンジ・ツール・ド・北海道in大滝はS-2クラス2位という結果に終わりました。
 1周目序盤から5人(うち同クラスは3人)に絞られたレースだったので、気分的には楽でしたね。
 速い面子ばかりで、脚への負担は厳しいものがありましたが(苦笑)。

 私の公式タイムは2時間00分00秒
 うーん、狙ってもこううまくはいきませんねー(笑)。
 ちなみに1位とは1分30秒くらいの差。
 1時間58分台なんて、S-2のタイムじゃないと思います。
(と思って調べてみたら、2003年にN田選手が2位に6分差の1時間58分台を出してました。それ以外では2時間ちょいがここ数年の優勝タイムのようです)
 3位とは3分くらいの差が開いているので、かなり健闘したといえるのではないでしょうか。

 2週連続優勝とS-1昇格は逃してしまいましたが、ここはひとつ「サロベツで160kmも走らずに済んだ」と前向きに考えましょう(笑)。
 ポイントの高い大滝で2位ということで、あとはサロベツか藻岩のどちらかをトラブルなしに完走できればS-1当確圏内に行けそうです。

 次のロードレースは7月末のサロベツ100マイル。
 私にとっては最長となる100kmのレースです。
 ひと休みしたら、今度は持久力中心に鍛えるとしましょうか。

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