■第13回藻岩山ヒルクライム競技会

主催 札幌自転車競技連盟
開催場所 藻岩山観光道路
車種 ロード
概要 ヒルクライムレース
クラス S-4

 さて、どちらを着ようか……。

 ようやく明るくなってきた午前5時、この後のレースの走りではなく、その時に着るジャージのことで頭を悩ませていた。
 一着は道新杯やサロベツで着たのと同じデザインの、パールイズミのチーム・パール・レッド。
 そしてもう一着はいうまでもなく、マイヨ・ブラン・ア・ポア・ルージュ。
 水玉ジャージはこのレースのために買ったものとはいえ、万が一にもこれを着て負けたら大恥だ。
 それに、こうしたネタがウケるか滑るかも少々気になるところではある。

 しかし、ネタ度という点では室工大のハブ毛軍団の方がはるかに上だろう(笑)。
 あまり気にしないことにして真新しいジャージに袖を通し、まだ人気のない藻岩山を登り始める。
 車での下見はしているが、実際に藻岩山を走るのは初めてだった。本番前にあまり脚を使ってしまうのも不安だが、やはり一度は自分の脚で傾斜を確かめておかなければならない。
 疲れをためないように、25Tでゆっくりと登る。高度が上がるにつれて、登ったばかりの朝陽に照らされた札幌の街が眼下に広がっていく。
 試走のタイムは17分。S-4なら20分近くかかる選手がいることを考えれば悪くないタイムだが、勝利を確実にするためには本番では3分以上タイムを縮めなければならない。レース距離の短さを考えれば、3分というのは易しい数字ではない。息抜きは許されず、最初から最後まで本気の走りをする必要がありそうだった。


 6時30分、定刻通りにレースはスタートした。
 S-1〜4まで同時スタートということで、けっこうな混雑ぶりだ。
 落ち着いてクリートを填め、ゆっくりと走り出す。S-1でも平均時速20kmに満たないこのレース、慌てる必要はないと思っていた。
 ところが、スタートした集団はぐんぐんスピードを上げていく。
 メーターを見ると25km/hを超えている。
 初参加なのでよくわからないが、ヒルクライムレースとはこんなものなのだろうか。
 それでも慌てる必要はない。
 まさかこのペースで最後まで行けるわけもない。一瞬の速度なんてどうでもいい。要はゴールした時にトップにいればいいのだ。
『一番ゆっくり走って勝つ。それが最高の勝ち方サ』(by酒巻玲於奈)
 心の中でそのセリフを反芻し、あくまでも自分のペースで登っていく。
 が、登りは苦手だったはずのS-4の選手にまで抜かれて、さすがに放ってはおけなくなった。
 スタートから数百m、集団の速度も落ち着いてきたところでペースアップする。これまで抜いていった相手を一人ずつパスしていく。
 決して無茶なアタックはしない。前方5mを走る選手に狙いを定め、自分のペースを維持して抜いていく。
 それを何度も何度も繰り返す。
 ヒルクライムは先を見すぎてはいけない。目の前の敵を一人ずつ抜いていく。それが私のやり方だ。

 そろそろS-4クラスの大半は抜いただろうか……と思ったところで、今日の最大の敵だろうと見ていたM本君の姿を捉えた。前の方からスタートしただけあって、いい位置を走っている。
 マークしていた標的を捉えたからといってペースは変えない。ゴールまでの残り距離はまだまだあるし、ペースはこちらの方が速いのだから。
 じわじわと追いつき、そして抜き去る。
 これでS-4のトップには立っただろうと思ったが、力は緩めない。M本君が追い上げてくる可能性もある。
 決して無理はしないが、息も抜かない。
 ブラケットを握ったらオーバーペースになりそうだったので、上ハンドルを握ったシッティングポジションを崩さず、深い呼吸を一定のリズムで繰り返す。苦しくなる前にクエン酸入りのドリンクを口に含む。

 残り1kmを切ったあたりで一度だけ後ろを振り返った。M本君は大きく遅れ、完全に独走態勢だった。
 そこから先は前に意識を集中する。
 チーム最速の、そしてS-2ではトップクラスのクライマーであろうおぞねっちが射程に入っていた。最近ちょっと体調を崩しているようだが、それでも速いことは間違いない。彼についていけたら間違いなくいいタイムが出る。
 やはり調子が悪いのだろうか。かなり苦しそうだ。
 残り数百m、おぞねっちをパスする。前に残っているのはS-1と、S-2上位の選手だけのはず。
 山頂が近い。
 三つ連続する急コーナーを抜ける。
 ゴールまでは200〜300m、ここからラストスパートだ。
 さすがに苦しい。なかなかペースが上がらない。アウターを使ったヒルスプリントはおろか、リアをひとつシフトアップすることすらきつい。
 シッティングのまま加速する力は残っておらず、重力に頼ったダンシングでペダルを踏む。喉がひゅーひゅーと甲高い音を立てている。
 優勝は確実のはずだが、力は抜けない。
 S-4クラスでの優勝は目標のひとつでしかない。S-3の優勝タイムを上回ることとS-2上位のタイムに肉薄すること、来期に向けてそれも重要な目標だ。たとえ1秒だってタイムを縮めたい。
 炎天下の犬のように舌がだらしなく垂れる。ハンドルがふらつく。
 最後の緩やかなカーブを過ぎたらゴール。ようやく終わりだ。
 そこははたと気がつく。
 ゴールでは役員がカメラを構えているかもしれない。いくら苦しくてもだらしない走りは見せられない。
 口元を引き締める。最後の力を脚に注ぎ込み、しっかりとペダルを踏みしめる。ゴールラインでは、形だけでもハンドルを投げ出す。

 ――そう。

 赤い水玉を着て、無様なヒルクライムは許されないのだから。




 ということで、藻岩は狙っていた通りに勝ちました。
 タイムは13分07秒38。
 去年の優勝タイムを約1分上回り、おそらくS-3の優勝タイムも上回っているはずです。

 今年の春にチームの練習会に参加するようになって、どうやら自分が登坂に強いらしいと悟った時から、このレースが今年最大の目標でした。
 これを逃せば優勝のチャンスはない――と。

 S-4で知っている顔ぶれの中では一番登坂に強いと思っていたし、サロベツの後は藻岩で勝つことだけに目標を絞ってトレーニングを積んできましたけど、それでも実際に走るまでは不安でしたね。
 S-4クラスって、たまにとんでもない選手が紛れ込むんですよ。
 実力上のクラスでも通用するレベルなのに、レース経験がないからと一番下のS-4で参加する選手とか。
 実際、今回二位の選手もそのパターンじゃないかと思います。これまで見たことのない名前だし、臨時会員でしたから。
 今回のS-4は、入賞三名がすべて13分台。去年も一昨年も14分前半で優勝できたことを考えると、かなりハイレベルだったのではないでしょうか。
 実は13分ちょいでゴールした時、内心「これは2位以下に1分差をつけたかな」なんて思っていたんですよ。
 ところが2位が13分40秒台、3位でも50秒台。
 うーん……去年のリザルトを見て「14分で走れれば勝てる」なんて思っていたけど、それ以上の練習をしておいてよかった(苦笑)。

 とりあえず今シーズン最大の目標は達成して、来期S-3昇格も確実なので、残りレースは気楽に走ろうと思います。
 ……もう登坂のあるロードレースは残ってませんし(笑)。
 今後の課題は、平地のスピードをS-3で通用するレベルに上げることですねー。
 目標をひとつ達成して、また次の目標ができるというのはいいことです。

もどる