そもそもの発端は、元旦の朝の白薔薇さまからの電話だった。
 両親と一緒に山梨へ行くかどうか、決断を迫られていたときにかかってきた電話。
 電話に出ると、白薔薇さまはいつもの軽い調子で言った。
『単刀直入に聞くけど、明日と明後日のご予定は?』
「何ですか、いきなり」
『暇だったら、デートしない?』
「でぇと?」
『別名、初詣ともいう』
「行きます!」
 私、何も考えずに思いっきりOKした。このお誘いが夢だった。山百合会の幹部メンバーが揃って初詣。もしかしたら、祥子さまの着物姿をまた拝めるかもしれない。
「で、二日ですか三日ですか?」
『両方あいてない?一泊二日の集会コースなんだけど?』
「集会?」
 何だろう、集会って。
 合宿、じゃなくって?
 私は深く考えずにOKしてしまったけれど、本当はこの時もっと注意して聞いておくべきだったんだ。
 と、反省したのはずっと後のこと。
 その時の私は、
(お姉さまも一緒だといいな)
 なーんてことを考えて、心の中はもうハッピーニューイヤーで。
 とてもそんな細かなことまで気が回らなかった。



 デートと称して白薔薇さまに連れて行かれたのは、学校に行く途中にあるあの神社だった。
 二人でおみくじを引いたり。
 たこ焼きや焼きトウモロコシや綿飴を食べたり。
 端から見れば、本当にデートみたいに見えたかも知れない。
(お姉さま、ごめんなさい)
 私は思わず、心の中で祥子さまに謝った。だって白薔薇さまとのデートは、これはこれでけっこう楽しかったから。
 私たちはたこ焼きを食べながら、神社の裏手の、雑木林と読んでもいいくらい木々の茂った道を歩いていた。近くに人の姿はない。
「何しようっていうんですか、白薔薇さま」
「何って? 人気のないところに連れ出されて、不安になった?」
「お姉さまにいつも言われていますから」
 人目のないところで、白薔薇さまと二人きりになってはいけない、と。
 なのに、たこ焼きに夢中になっているうちに境内の人混みははるか後方。私ってば大ピンチかも。
「そんなに怯えなくたっていいじゃない。別に、とって喰おうってわけじゃないんだから」
 白薔薇さまは笑って言うけれど、油断はできない。
 いつの間にか、膝丈くらいの石の柱が等間隔に並んでいる辺りまで来た。ここから先は神社の敷地ではないらしい。裏道といった感じの、さほど広くはないけど舗装された道路の端には、数台の自動車やバイクが路上駐車してある。
「これから、本当の集合場所へ移動しようっていうだけよ」
「本当の集合場所? じゃあやっぱり、他の皆さんも来るんですか?」
 てっきり、白薔薇さまに騙されて連れ出されたと思っていたのに。
「そう。集合時間も夕方なんだけどね。それまで暇だったから、祐巳ちゃんをちょっと早めに呼びだしたわけ」
「それなら……」
 行くべき場所はバス停ではないだろうか。こんな裏道から、どこへ移動しようというのだろう。
 白薔薇さまは、コートのポケットをゴソゴソと探っている。
「あ、キャンディーならここにも」
「違う違う」
 白薔薇さまが取り出したのは、何かの鍵だった。何か、って。家や自転車の鍵には見えない。多分、車かオートバイの鍵だ。
「あの――」
 私に驚くだけの十分な時間もくれずに、白薔薇さまは道端に停めてあった一台のオートバイを指差した。私の目は、そのオートバイに釘付けになる。
 やたらと大きくて、ハンドルが妙に高い位置にあって、必要以上に太いマフラーが空に向かって伸びていて、ナンバープレートが折り曲げてあって。
 どう見ても、普通のオートバイではない。この、特徴的なデザインが意味するところは……。
「えっと、あの、白薔薇さま……?」
 しばらく呆気にとられてオートバイを見ていた私は、ようやく我に返って背後の白薔薇さまを振り返る。
 そして、また、絶句してしまった。
 いつの間に着替えたのか、上着が先刻までのカシミヤのコートとは違っていた。ふくらはぎくらいまでの長さがあって、裏地と背中に派手な薔薇の刺繍がしてある白い上着。
「まさか」
 私が怖れていた通り、オートバイに跨ったのは白薔薇さま本人であった。当たり前のようにエンジンをかけて、派手に空吹かしする。
 いったいこれはどういうことですか、って質問をしようかどうしようか迷っている間に、私自身も半ば強引に白薔薇さまの後ろに座らされてしまった。
「はい、祐巳ちゃんはこれを持って」
 白薔薇さまはそう言って、どこからともなく旗を取り出した。一メートル半くらいのポールに結ばれた、血に染まった三輪の薔薇を描いた旗。薔薇の下には『夜魔逝璃会』なんて字が刺繍されている。
「こ、これは……」
 今気が付いたんだけど、白薔薇さまが着ている「あれ」。あれは確か、特攻服っていうんじゃありませんでしたっけ。
 白薔薇さまってば、まさか……。
「さあ、しゅっぱーつ。しっかり掴まっててね」
「えーっ」
 私の不安をよそに、白薔薇さまの運転するオートバイは発車した。しかしバス通りに出る手前の赤信号を停まらずに突破。十分に私を震え上がらせてくれた。ある意味、ジェットコースターやお化け屋敷より怖い。
 ドォォ……。
 エンジンの振動がお腹に響く。
「いったい、いつから乗っているんですか」
「いつから、って」
 右折禁止の標識を無視して交差点を突っ切りながら、白薔薇さまは聞き返す。
「運転歴はどれくらいか、とお聞きしているんですが」
「どれくらいも何も。高等部に進学してすぐ、当時白薔薇のつぼみだったお姉さまの妹になって以来ずっとよ」
「ひっ、それって無免許なのでは?」
 白薔薇さまの誕生日はクリスマス、十二月二十五日だ。高校入学当時はまだ十五歳のはず。オートバイの免許って、たしか十六歳にならないと取れないと思ったけど。
「大丈夫だって。これまで三年近く、一度も捕まらずに来られたんだから」
「捕まったら大変ですよ」
 私、半分涙声になっていたかもしれない。でも、まっとうに生きてきた十六年の人生が今日で幕切れとなるかもしれないんだから、当然の反応だと思う。
「ははははは」
 対向車線にはみ出して蛇行運転しながら、白薔薇さまは愉快そうに笑う。
「お、下ろしてください」
「死にゃしないよ。だって、おみくじは二人とも『凶』じゃなかったもん。おっと」
「ぎゃあ」
 パパァ――ン!
 前から来た大型トラックが、けたたましくクラクションを鳴らしながらすぐ脇を通り過ぎていく。運転手さんに向かって中指立てたりしなくていいから、地道に運転して欲しい。
「めでたしせいちょう――」
 とうとう私は、マリア様にお祈りを始めた。
「ははは。祐巳ちゃんは、やっぱり面白いね」
 キー、キキキー。
 ブォン、ブォォン。
「ぎゃー。お助けください、マリア様ー」
 そんなこんなで、精神的にも肉体的にも拷問のような車に乗せられた私は、パニック状態ですっかり肝心の質問をするのを忘れていた――というより、質問する余裕なんて生まれようがなかった。
 目的地はどこなのか。
 それって、かなり重要な問題だったと思うんだけど。



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