４

　それから少し後の、日曜日の夜――
　
　お父さんとお母さんが、なんだかシリアスな表情でお兄ちゃんと私を呼んだ。
　大事な話がある――と。
　お父さんもお母さんも仕事が忙しいし、お兄ちゃんも私も学校や友達付き合いやバイトで忙しいし、最近ではこうして居間で四人揃って顔を合わせる機会も珍しい。
　私の前に座ったお父さんは、やや困惑したような、気まずそうな表情を浮かべていた。対してお母さんは、なんとなく怒っているようにも見える。とはいっても私たちにお説教をしようという雰囲気ではなく、その視線は苦笑混じりにお父さんを睨んでいるようだった。
「……あー、愛梨が大きくなったら話そうと思っていたことなんだけど……」
　どう話したらいいものか、と悩んでいる様子で切り出す。
　隣にはお兄ちゃんもいるけれど、お父さんの視線は主に私に向けられていた。
「…………愛梨は……、父さんの、実の娘なんだ」
「……え？」
　その言葉の意味を、すぐに理解することはできなかった。
「どういう……こと？　私、西本のお母さんの子供じゃないの？」
　〈西本のお母さん〉は、私の実の母親と聞かされていた人。お父さんとお母さんの学生時代の友人で、西本乃梨子というそうだ。
「だから…………その……」
「……あ」
　なにかに気づいたように、小さく声を上げたのはお兄ちゃん。私はまだ、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
　おどおどとした様子で、言いにくそうに言葉をつぐむお父さん。普段は活発でなにごとにも自信ありげに振る舞う人で、こんな姿はとんと記憶にない。
「……あ、愛梨は、乃梨子と……父さんの子供なんだ」
「…………え？」
　クエスチョンマークが大きくなる。まだ、理解できていない。
「え？　だって……お兄ちゃんはお父さんとお母さんの子供だよね？　で、私はお兄ちゃんより五つも年下で、当然、その頃、お父さんとお母さんはとっくに結婚していて……」
　やや引きつった微苦笑を浮かべたお母さんと、居心地悪そうにうつむき加減のお父さん。
　数秒間見つめていて、不意に、その表情の意味を理解した。
「まさか……父さん…………」
「まさか……お父さん…………」
　お兄ちゃんと私が同時に口を開く。同じことを言おうとしたのは間違いない。
　その単語が子供の口から出ることに耐えられなかったのか、先にお父さんがソファから降りてがばっと土下座した。
　びっくりした。
　信じられない。
　いつも仲のいい両親なのに、まさか、お父さんが『浮気』していたなんて。
　そして、その結果生まれたのが私だったなんて。
　自分の出生どうこうよりも、浮気の方が驚きだった。
　そこでもう一度お母さんの顔を見る。これは、最近になって過去の浮気を知って怒っている表情ではない。おそらくはずっと前から知っていたのだろう。少なくとも、赤ん坊だった私を引き取った時には既に。
　じゃあ、お兄ちゃんは？
　首を巡らす。
　お兄ちゃんはやっぱり驚いた顔をしていて、私の視線に気づくと首を小さく左右に振った。
「……信じらンんない！　お父さんがそんなことするなんて……」
「すまん！　若さ故の過ちというか、なんというか……」
「もぉ、お母さんにはちゃんと謝ったの？」
「それはもちろん。お前ができた時に、包み隠さず」
「……で、お母さんは……許してくれたの？」
　ここで、お母さんに視線を移す。
「許すしかないでしょう？　……だけど、まあ、あまり子供に聞かせられる話でもないからね。あなたたちが大きくなるまでは隠しておこう、と」
「…………お、お母さんは……あたしのこと、恨んでる？」
　普段は優しいお母さんだけど、でも、本心はどうなんだろう。
「どうして？」
「だって……その……お父さんの…………浮気相手、の子供……なんでしょ？」
　なんだか生々しい話題で、訊きにくい。
　そんな私の様子に、お母さんはくすっと笑って優しく微笑んだ。
「ヘンなこと心配しないの。愛梨ちゃんを憎むとか、あるわけないじゃない。そもそもお母さんと乃梨子は学生時代からの親友だったのよ？　悪いのはすべて、そんな相手と浮気してもばれないと思っていたこいつ！」
　そう言いながら、お父さんの頭に握り拳を振りおろす。
「だから、あなたたちはなにも気にせず、今まで通りにしていればいいの」
「それはもちろん、そうするけど……」
「まあ、特になにも変わらないよな。今までだって実の兄妹と変わらなかったんだし」
　これはお兄ちゃん。
「……そうだよね」
　そう。
　血がつながらないことを意識していたならともかく、十五年近く、実の兄妹同然に暮らしてきたのだから。
　なにも変わらない。
　変わるはずがない。
　
　……はず、だった。

（そうか……ホントのお兄ちゃんだったんだ…………）
　深夜、ベッドに入ってからも、ずっとそのことを反芻していた。
　お父さんは、本当のお父さん。
　お兄ちゃんとも、半分、血がつながっている。
　道理で、格好いいと思っても恋愛感情を抱くことがなかったはずだ。葵ちゃんの口車に乗せられて軽率なことをしでかさなくて本当によかった。
　もしかすると、本能では無意識のうちに気づいていたのかもしれない。
（そうか……お兄ちゃんか……本当に、血のつながった）
　考えるとにやけてしまう。
　嬉しくて興奮しているのか、鼓動が速い。顔が熱い。
　嬉しい。
　本当に嬉しい。
　お父さんもお母さんもお兄ちゃんも優しかったし、実の子じゃないからって特別扱いもいっさいなかったけれど、やっぱり、少しだけ寂しさは感じていた。自分は、遺伝的には天涯孤独なんだ、って。
　だけど、少なくともお父さんとお兄ちゃんとは血がつながっている。
　本当のお父さん。
　本当のお兄ちゃん。
　本当の肉親。
　よかった。
　本当によかった。
　嬉しくて、ぎゅうっと毛布に抱きつく。
「えへへ……これからもよろしくね、お兄ちゃん」
　小さな声で、つぶやいてみる。
　なんだか恥ずかしくて、くすぐったくて、だけど嬉しい。
　顔が火照って、なかなか寝つけそうにない。
　突然の出来事に気が昂っている。
　とても眠れるような精神状態ではない。
　この調子では、明日はまた熱を出してしまうかもしれない。
　私にとって、睡眠不足は体調を崩すいちばんの要因だった。試験前に睡眠時間を削って勉強すると、試験が終わって気が抜けると同時に体調を崩すことがよくある。
　だから早く眠らなければ……と思っても、じっとしていられない。
　ベッドの上で、毛布にくるまってごろごろと寝返りを繰り返すばかりで、どうにも眠れない。
　ただでさえ今日は日曜で、起きたのが遅かったし、昼間もあまり身体を動かさなかったし……で疲れていない上に精神状態がこれでは、眠れるわけもない。
　少し、疲れるようなことをすれば眠れるだろうか。
　イマドキの女の子が、ハイテンションな頭で思いつくことなんてひとつしかない。
　毛布を握りしめていた手が、下半身へと移動していく。
　パジャマの中に潜り込む。
「…………ん、ふ……ぅん」
　下着の上から、エッチな部分に指を押しつける。
　いつもなら、こんな時はひとりエッチで達してしまえば、充実感とほどよい疲労感で気持ちよく眠れるのが常だった。
「ぁ……んっ！」
　軽く触れただけで、湿った音がする。触れる前からかなり濡れていたようだ。
　そこは熱く火照って、チーズみたいにとろけていた。
　すごく、感じてしまう。
「はぁ……、……ぁんっ！」
　どうしてだろう。
　昨夜もしたばかりなのに。
　まるで、一週間以上も我慢した後のように感じてしまう。
　普段、滅多にないくらいに昂っている。
「はぁっ、あっ、あっ……あっ……あっ！」
　すごい。
　指先でちょっと触れただけで、すごく、すごく気持ちいい。
　指がどんどん加速してしまう。
　エッチが汁が流れ出してくるのを感じる。
　自分でも意識しないうちに、いつの間にかパジャマの下と下着を脱いでしまっていた。
　下半身は裸。パジャマの上も、ボタンが全部はずされている。もう、全裸とほとんど変わらない。
　裸になって、ベッドに横たわっている。
　片手は、エッチな部分に直に触れている。
　もう一方の手は、胸に触れている。
　手の中にすっぽりと収まってしまう小ぶりな膨らみ。先端の乳首も小さいけれど、今は固く突き出している。指先で弾くように刺激すると、微かな痛みとともに、じーんと痺れるような快感が走る。
　手の中に包み込んで、そぅっと揉みながら、手のひらでこするようにして乳首を愛撫する。　
　すごく、いい。
　これまで、胸はあまり感じなかったけれど、今夜はすごく敏感になっていた。
　両手の動きが、どちらも激しくなってくる。
　少しだけ、強く揉んでみる。
　びくっと震える。
　胸の膨らみは、かなり控えめなサイズだ。
　形はけっして悪くないとは思うけれど、やっぱりまだまだ発育不足であることは否めない。
　こんな胸では、きっとお兄ちゃんには物足りないだろう。今は珍しくフリーだけれど、最後に付き合っていた彼女は、お兄ちゃんと同い年の、胸の大きなすごく色っぽい人だった。
　そのことを少し悔しく思いながら、下半身の手も動かす。
　脚を大きく開いて、その真ん中に開いた小さな口を指先でくすぐる。そこは、いやらしく涎を垂らしていた。
　ものすごく気持ちいい。
「や……あぁっ！　あっ！　あんっ！　あっ……やっ、だめぇ……おにいちゃ……んんんっっ！」
　すごく感じてしまう。
　手がびっしょりと濡れている。
　いったい、今日はどうしてしまったんだろう。
　いつもよりずっと激しくて。
　いつもよりずっと感じている。
「はぁぁ……あぁっ！　……あぁぁっ！」
　指を動かすたびに意識が飛びそうになる。
　何度も、何度も、達してしまう。
　だけど眠くなるどころか、さらに気持ちが昂って、すぐにまた指が動き出してしまう。
「や、だ……おにいちゃん！　そんな……激しいの……やぁぁ……また、また……あぁっ、あぁんっっ！　おにいちゃあぁぁ――っっ！」
　また、達してしまう。
　何度目かの、そしていちばんの絶頂。
　一瞬、頭の中が真っ白になる。
　さすがに身体から力が抜けて、全身が倦怠感に包まれて、大きく深呼吸する。
　エッチ一色に染まっていた頭が、ほんの少しだけ冷静さを取り戻す。
「ふはぁぁ……今日はなんかすごかったなぁ……私も成長して、感じやすくなってるってことなのかなぁ……」
　それにしてもいきなりだ。昨夜と全然違う感じ方だった。
「うーん……こんなに気持ちいいなんて、もう病みつきになっちゃいそう…………って、ちょっと待って！　私……え？　えぇぇっ？」
　突然、記憶がフラッシュバックする。
　ちょっと待った。
　今……私……
　してる最中……
　イク瞬間……
　なんて、言ってた？
　なにを、考えていた？
　ちょっとちょっと！
　なんでなんでなんでっ!?
　どうして「お兄ちゃん」なんて？
　お兄ちゃんにされていることを考えていた。
　独りエッチの最中に。
　しかも、それが気持ちいいなんて。
　いつになく激しい絶頂を迎えてしまったなんて。
　いったい、どうして？
　つい先日、お兄ちゃんをオカズにしてもぜんぜん興奮しないことを確かめたばかりのはずなのに。
　なのに……今夜に限ってどうして？
　眠るために始めた行為のはずなのに、予想もしなかった初めての経験に頭が混乱するばかりで、目は冴える一方だった。

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